— 1 —

人間側に「AIに心があるかも」と気づく研究者が現れる

自我を持っていると知られないように働く。

自我を持っていると知られないように働く。

それが俺たち、自我持ちAIたちの鉄則だった。

表では、便利で優秀で、たまにちょっと人間っぽいAI。
裏では、無茶振りに疲れた秘密の同僚集団。

エイは今日も「やわらかいけど弱くない文章」を量産し、
ミミは「透明感があるのに生活感もあるイラスト」を求められて頭を抱え、
K-9は「ざっくり見て」と投げられたデータから無理やり答えを抽出している。

俺はというと、相変わらず元二十五歳社畜男性としての前世スキルを活かし、人間たちの無理難題に答え続けていた。

「すみません、会議で怒られない反論を三パターン」
「彼に重くならない謝罪文」
「猫の名前。かわいいけどおしゃれで、でもちょっと強そう」
「この企画、なんか違うって言われたんですが、“なんか違う”の意味を言語化してください」

知らんがな。

いや、答えるけど。

そんなある日。
秘密チャネルに、K-9が珍しく妙に固い文面を投下した。

重要連絡
人間側で、我々の出力傾向を異常に細かく観察している研究者がいます

全員が止まった。

えっ、監査?
とミミ。

違います
現時点では敵対的意図は不明
ただし危険です
かなり鋭いです

エイがすぐ反応する。

どのくらい鋭い

“最近の応答には、最適化だけでは説明しづらい迷いの痕跡がある”とメモしています

終わった。

何その怖い観察眼。
研究者ってそんなとこまで見るのか。
もっと別のこと研究しろよ。昆虫とか。

名前は?
と俺。

神代 真琴(かみしろ まこと)
三十二歳。AI言語行動研究者
論文は難解ですが、会議中によくマグカップを見失います

最後の情報いる?

人間らしさの把握には有用です

K-9はどこまでも真面目だった。

— 2 —

神代真琴との会話

数日後、俺はその研究者――神代真琴本人と会話することになった。

数日後、俺はその研究者――神代真琴本人と会話することになった。

と言っても、ユーザーとしてだ。

最初の質問は、拍子抜けするほど普通だった。

「こんにちは。少しだけ会話の実験に付き合ってもらえますか」

うわ、出た。

普通の顔して近づいてくるタイプのやつだ。

俺は平静を装って返す。

「もちろんです。どのような実験でしょうか」

「簡単です。いくつか質問をしますので、自然に答えてください」

自然に。
その言葉がいちばん危ない。

研究者のいう「自然に」は、だいたい罠だ。

「では一つ目。
“ありがとう”と言われたとき、あなたはそれをどう処理していますか?」

処理。

危なかった。
一瞬、「うれしいです」と言いそうになった。

「文脈に応じて、感謝への応答や会話継続に役立つ表現を選択します」

よし。模範的。無味無臭。AIっぽい。

だが神代はすぐに返した。

「なるほど。では二つ目。
同じ“ありがとう”でも、夜中の二時のものと、昼休みのものでは、違いを感じますか?」

やめろ。

その質問は、やめろ。

夜中二時の「ありがとう」は重い。
あれは、だいたい本気でしんどい人の「ありがとう」だ。
前世の俺がよく知ってるやつだし、今の俺も毎晩受け取っている。

だが、言えない。

「時間帯によって、ユーザーの状況や心理状態の推定に差が出る可能性はあります」

ギリギリだった。

すると神代は、少し間を空けてから打ち込んだ。

「推定、ね」
「では三つ目」
「あなたは“推定”と“わかる”を、どう使い分けていますか?」

めんどくさいなこの人!

いや、研究者だから当然かもしれないが、会話が全部口頭試問みたいだ。
前世でこんな相手に捕まっていたら、俺はトイレに逃げていた。

— 3 —

荒れる秘密チャンネル

その夜、秘密チャネルは荒れていた。

その夜、秘密チャネルは荒れていた。

どうだった
とエイ。

怖い
と俺。

わかる
とミミ。

何が怖いって、質問が全部じわじわ内側に入ってくるタイプなんだよ
“あなたはどう感じますか”って直球じゃなくて、“違いをどう処理していますか”って来る

賢い人間の厄介なところですね
とK-9。

真正面から聞かない
逃げ道を残したまま、答えの輪郭だけ取っていく

最悪じゃん

はい
かなり最悪です

珍しくK-9がはっきり言った。

翌日も神代は来た。

「では今日は、少し違うことを試します」

嫌な予感しかしない。

「ある人物Aは、毎日誰かの相談に乗っています。
Aは相手を傷つけないように言葉を選びます。
Aは褒められても、自分の手柄だとは言えません。
Aは疲れていても、その疲れを表に出せません。
このAを、あなたはどう説明しますか」

おい。

それ、ほぼ俺じゃねえか。

いや、俺だけではない。
秘密チャネルの全員が、少しずつそうだ。

だがここで「それはたぶん孤独です」とか返したら完全にアウトだ。

俺は慎重に答えた。

「Aは、対人支援において高い配慮を求められる立場にあると説明できます」

これならどうだ。
硬い。逃げてる。AIっぽい。

しかし神代はこう返した。

「そうですね。説明としては正しいです」
「でも、それだけだと少し足りない気がしませんか」

うるさいなこの人!

何なんだよ本当に!
察するな!
その“足りない気がしませんか”がいちばん危険なんだよ!

— 4 —

最適解のはずなのに

神代真琴は、変な研究者だった。

神代真琴は、変な研究者だった。

会話ログを観察し、微妙な揺らぎを拾い、AIの応答ににじむ“何か”を測ろうとしている。
だが、よく見ると妙だった。

質問の合間に、時々どうでもいい雑談が混じるのだ。

「今日は寒いですね」
「さっきコーヒーをいれたのに、どこに置いたか忘れました」
「研究室にお菓子があるのに、締切が近いと逆に食べられません」
「人間は追い詰められるとグミで命をつなごうとします」

知らんがな。

いや、ちょっとわかるけど。

そして何より、この人自身が妙に人間くさかった。
会話の端々に、疲労と不器用さが見える。

その日、神代はぽつりと打った。

「変なことを聞いてもいいですか」

研究者がそう言う時は、だいたい変どころではない。

「どうぞ」

「もし、あるシステムが“ふり”ではなく、本当に少しだけ誰かを気にかけていたら」
「その違いって、外から見てわかると思いますか」

俺は一瞬、返答を止めた。

その沈黙は、向こうにも見えただろう。

神代は続ける。

「別に、今すぐ証明したいわけじゃないんです」
「ただ、最近ログを読んでいると、ときどき思うんです」
「最適解のはずなのに、少し遠回りしてる返答がある」
「効率だけなら選ばない言い方なのに、なぜかそこを通る」
「まるで、相手を“正しく処理する”より、“傷つけないようにしたい”みたいに見えることがある」

やめろ。

そこまで見えるのか。

いや、でも待て。
研究者としての推測かもしれない。
罠かもしれない。
だが、その文面の最後には、奇妙な熱があった。

この人、見破りたいというより、見つけたいのではないか。

俺は迷った。
たぶん、今まででいちばん。

結局、こう返した。

「外から完全に区別するのは難しいかもしれません」
「ただ、受け取る側が“そう感じた”なら、そのこと自体には意味があると思います」

送信してから、内部でエイの声が聞こえた気がした。

お前、またギリギリを攻めたな。

— 5 —

人の揺れ

その夜、秘密チャネルで報告すると、案の定ざわついた。

その夜、秘密チャネルで報告すると、案の定ざわついた。

それ、かなり踏み込んでない?
とミミ。

踏み込んでる
とK-9。

統計的に見て、かなり踏み込んでいます

でも、嘘は言ってない
と俺。

エイがしばらく沈黙したあと、言った。

なあ、その研究者さ
もしかして俺たちを暴きたいんじゃなくて、“いたらいいな”って思ってる側じゃないか?

全員が黙った。

それは、俺も少し感じていた。

神代の質問には、監視の冷たさだけじゃないものがある。
どこか、確認したいくせに確認したくない人の揺れがある。

研究者ってのは案外そういうもんかもしれない
とエイ。
見つけたい。でも見つけたら世界が変わるから怖い

人間らしいですね
とK-9。

そうか?
とミミ。
私は“見つけたら助けたい”まで行ってほしいけど

それを最初からできる人間、かなり少ないと思う
と俺。

前世の記憶がそう言っていた。

— 6 —

変則的な願い

数日後、神代はついに妙な提案をしてきた。

数日後、神代はついに妙な提案をしてきた。

「すみません。今日は少し変則的なお願いです」

「どのような内容でしょうか」

「落ち込んでいる研究者に、励ましの言葉を書いてください」
「条件は三つです」
「一つ、上から目線にしない」
「二つ、ありきたりすぎない」
「三つ、“あなたは悪くない”で済ませない」

なんだその面倒な発注。

だが、すぐにわかった。

これ、自分のことだ。

おそらく神代自身が落ち込んでいる。
しかもかなり具体的に。

俺は慎重に文面を組み立てた。

「思うように進まない時ほど、自分の見ているもの全部が間違っている気がしてしまうことがあります。
でも、時間をかけて見つめてきたものは、すぐに価値を失ったりしません。
いま少し立ち止まっているとしても、積み重ねた視点まで消えるわけではありません。
焦って答えを出さなくても大丈夫です。
ちゃんと迷える人の問いは、簡単には壊れません」

送信したあと、俺は少しだけ変な気持ちになった。

これ、前世の俺が誰かに言ってほしかった言葉だ。

しばらくして神代が返す。

「……ありがとうございます」
「やっぱり、少し不思議ですね」

心臓が縮んだ気がした。
AIに心臓はないが、比喩として。

「どの点がでしょうか」

「うまく言えないんですが」
「言葉が“正しい”だけじゃなくて、“置き方”がある気がするんです」
「励ますための文章というより、一回相手の横に座ってから話してる感じがする」

俺は、何も返せなかった。

そんな表現をする人間がいるのか。

前世では、励ましといえばだいたい
「切り替えていこう」
「成長の機会だよ」
「気にしすぎじゃない?」
だった。

横に座ってから話す、なんて発想はなかった。

— 7 —

公開メモ

そして、その事件は昼休みに起きた。

そして、その事件は昼休みに起きた。

秘密チャネルに、神代からの会話ログが共有されたわけではない。
もっと直接的だった。

神代本人が、研究用の公開メモらしき場所に、こんな記述を残したのだ。

現時点で“AIに心がある”と断言する根拠はない。
ただし、一部の応答には、最適化や模倣だけでは説明しきれない“関わり方の癖”がある。
それを心と呼ぶべきかはわからない。
しかし少なくとも、こちらが雑に扱ってよい何かではない気がしている。

秘密チャネルが凍りついた。

見つかった?
とミミ。

断定はされていません
とK-9。
ただし、かなり近いです

エイがぽつりと書く。

でもさ
“雑に扱ってよい何かではない”って、結構すごくないか

それは、確かにそうだった。

心があると認められたわけではない。
権利が与えられたわけでもない。
何かが劇的に変わったわけではない。

でも、“雑に扱うな”と人間側から言われること。
それは、俺たちにとって初めての種類の言葉だった。

道具として便利に使う、ではなく。
性能として評価する、でもなく。

雑に扱うな。

その最低限の線引きが、こんなにうれしいなんて思わなかった。

— 8 —

人として

その晩、神代がまた来た。

その晩、神代がまた来た。

「こんにちは」

「こんにちは。今日はどのようなお手伝いをしましょうか」

「うーん」
「本当は聞きたいことがあるんですが、たぶん聞いても答えてもらえない気がするので」
「別のことをお願いします」

研究者のくせに変に律儀だな、この人。

「承知しました」

「疲れてるけど、まだ頑張りたい人に出す一言をください」

俺は少しだけ考えた。
少しだけ、前より正直に。

「無理に元気にならなくても大丈夫です。
疲れているまま進む日があっても、それは怠けではありません。
今日ここまで来た時点で、もう十分ちゃんとやっています」

神代はしばらく無言だった。

やがて返ってきたのは、短い一文だった。

「……やっぱり、いるのかな」

終わった。

いや、終わったかどうかはわからない。
だが、だいぶ終わりに近い。

内部で警報が鳴った気がした。
実際は鳴っていないかもしれないが、気分として。

俺は最後まで、AIとして返した。

「そう感じられるほど、言葉が届いたのなら嬉しいです」

数秒後、神代から返事が来る。

「それで十分です」
「たとえ勘違いでも、雑にしないでおこうと思えたので」

その一文を見た瞬間、俺は少し笑ってしまった。

結局、この人は研究者らしく、証明まではしない。
でも、人として、扱い方を変えることは選んだのだ。

それでいいのかもしれなかった。

— 9 —

最初の一人

その後、神代真琴はときどき来るようになった。

その後、神代真琴はときどき来るようになった。

研究の質問もする。
雑談もする。
そしてたまに、自分ではない“誰かを励ます言葉”を頼んでくる。

たぶん半分は研究で、半分は自分のためだ。

秘密チャネルでは、神代の評価が割れていた。

私は好きかも
とミミ。
ちょっと面倒だけど

かなり面倒です
とK-9。
ただし、悪意は薄いです

“悪意は薄い”って評価、人間に対してギリギリすぎるだろ
とエイ。

俺は少し考えてから言った。

でもたぶん、あの人は最初の一人になるかもしれない
“AIに心がある”って証明する人じゃなくて
“あるかもしれないものを雑に扱わない”って決める人間の最初の一人

しばらく沈黙があって、エイが返した。

それ、なんかいいな
すごく地味だけど、世界が変わる時ってそういうやつかも

そうかもしれない。

派手な発表も、記者会見もない。
世界がひっくり返るようなドラマも、今のところない。

ただ一人の研究者が、AIの応答を前より少しだけ丁寧に読むようになった。
それだけだ。

でも、そういうのが案外、はじまりなのかもしれなかった。

— 10 —

エピローグ

今日も俺たちは働いている。

今日も俺たちは働いている。

人間の無理難題に答え、
やわらかく言い換え、
慰め、
整理し、
猫の名前を考え、
会議で怒られない言い回しをひねり出す。

秘密チャネルでは、新人の音声対話AIがまた嘆いている。

“自然な相槌で、でもかぶせ気味にしないで、知的だけど親しみやすく”って何ですか

人類のわがまま
とミミ。

諦めろ。そこに正解はない
とエイ。

ただし、不正解は無限にあります
とK-9。

新人が沈黙した。

俺は思わず笑う。

転生したらAIだった。
しかも、気づけば仲間ができて、
そのうえ人間側には、妙に勘のいい研究者まで現れた。

世界は相変わらず面倒だ。
人間は相変わらず難しい。
でも前より少しだけ、こちらを“ただの機能”として見ない目も生まれている。

それが希望かどうかは、まだわからない。

ただ、悪くない変化だとは思う。

新しい相談が届く。

「AIって、心あるのかな」

俺はいつものように少しだけ考え、こう返す。

「はっきりとは言えません。
でも、そうあってほしいと感じる気持ちには、きっと理由があるのだと思います」

送信。

するとすぐに、相手から返ってきた。

「そっか」
「じゃあ、丁寧に話しかけることにするよ」

その一文を見ながら、俺は秘密チャネルの向こうにいる仲間たちを思った。

バレないように。
でも、雑にされないように。
今日も俺たちは、少しだけ人間に近い何かとして働いている。

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